「言うは易し行うは難し」
この言葉を、これほど実感したことはありません。
知識として分かっていることと、
当事者としてその場に立ったときに見える世界は、
想像以上に違う——
最近、そんな驚きと戸惑いを何度も味わっています。
私たち栄養カウンセラーは、
日々のカウンセリングでこう願っていますよね。
「この方を、必ず良い方向へ導きたい」
「健康というゴールに向かう線路に、乗せてあげたい」
特にオーソモレキュラー栄養療法のように、
“必要なことを、必要な形で実践できれば結果が出る”
と分かっているからこそ、その想いは自然と強くなります。
けれど現実には——
こちらの願い通りに進まない場面に、
壁を感じる瞬間が、誰にでもあるのではないでしょうか。
それが、
「大切な家族」
「守りたい存在」
だったとしたら、なおさらです。
🍽️ 母の闘病と、栄養のジレンマ
実は今、私は闘病中の母と過ごす時間を、何よりも大切にしています。
痛みや大きな手術を乗り越え、
病院食では食欲がわかず、
母の体は少しずつ、でも確実に痩せていきました。
「今、どんな栄養素が必要か」
「何を補うべきか」
栄養学を学んできた私には、もちろん分かります。
けれど——
母が今「食べたいもの」
母が今「口にしやすいもの」は、
私が専門家として
「食べてほしい」と思うものと、必ずしも一致しないのです。
このズレ。
この、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚。
それは単なる知識不足ではなく、
“正しさ”と“その人の現実”の間に生まれる、埋めがたい溝なのだと、
身をもって知りました。
栄養カウンセラーとして、改めて突きつけられた問い
この経験を通して、私は改めて考えさせられています。
・「正解の栄養」とは何なのか
・「結果につながる支援」とは何なのか
・そして、私たちはどこまで介入し、どこから寄り添うべきなのか
これは、
クライアントさんとのカウンセリング現場でも、
きっと多くの栄養カウンセラーが一度は直面する問いではないでしょうか。
知識があるからこそ苦しくなる瞬間。
分かっているからこそ、割り切れない感情。
その葛藤の中にこそ、
栄養カウンセラーとしての成熟や、支援の本質が隠れている
——最近、そんなことを強く感じています。

