摂食障害における分子栄養学的アプローチ
〜管理栄養士の臨床現場から〜
摂食障害(神経性やせ症・神経性過食症・過食性障害など)は、食行動の問題にとどまらず、全身の代謝や精神の状態にも大きな影響を与える疾患です。治療には精神科医・心療内科医・心理士・管理栄養士など、多職種による連携が欠かせません。その中でも、栄養の専門家である私たち管理栄養士は、栄養状態を整える大切な役割を担っています。
分子栄養学の視点
分子栄養学では、血液データや日常の症状から、その人の代謝の状態を評価し、必要な栄養素を「最適な量」で補うことを大切にします。
摂食障害の方に多く見られる栄養の不足としては、次のようなものがあります。
- タンパク質:ホルモンや酵素、免疫機能をつくる基盤。不足すると筋力低下や感染リスクが高まります。
- 鉄:酸素運搬だけでなく、ドーパミンやセロトニンの合成にも必須。欠乏すると抑うつ感や無気力につながります。
- 亜鉛:食欲や味覚、皮膚や髪の健康に関わります。不足すると食欲不振や情緒不安定が起こりやすくなります。
- ビタミンB群:エネルギー代謝や神経機能を支えます。不足すると疲労感や抑うつ症状を助長します。
- 必須脂肪酸(EPA・DHA):細胞膜や神経伝達に関与。不足すると炎症や気分障害に関連します。
- 電解質(カリウム・ナトリウム・マグネシウムなど):嘔吐や下剤乱用によって失われやすく、重度の場合は不整脈やけいれんを引き起こすことがあります。
臨床での栄養評価と介入の流れ
分子栄養学的な視点を取り入れるときには、次のようなステップで進めていくとよいでしょう。
1. 血液データや症状から栄養状態を把握する
BMIや体重の変化だけではなく、血液検査の項目(Hb、Ferritin、TP、Alb、亜鉛、B12、葉酸、電解質など)を見ていきます。例えばフェリチン低値やプレアルブミン低値は、潜在的な栄養不良のサインです。
2. 栄養素のつながりを考える
鉄不足があるとき、鉄剤を出すだけでは十分に改善しません。胃酸の状態やビタミンC不足、亜鉛欠乏が関わっていることもあります。カルシウムを補うときには、ビタミンD・Kやマグネシウムとセットで考えることも必要です。
3. 段階的に導入する
拒食が強い方に「3食しっかり食べましょう」と伝えても現実的ではありません。まずは消化吸収しやすい形で、プロテインやスープ、卵、白身魚などを少量から取り入れることから始めます。
4. 精神症状との関連を意識する
神経伝達物質であるセロトニンやドーパミンは、タンパク質(トリプトファン・チロシン)や鉄、亜鉛、ビタミンB群から合成されます。不足が続くと、気分の落ち込みや不安が強まるため、栄養補給は心理療法や薬物療法の効果を高めるサポートにもなります。
5. 正しい食事にとらわれすぎないようにする
分子栄養学の基礎知識があるとどうしても理想的な食事をクライアントにお伝えしたくなります。それは少しでも早くお身体を整えて欲しい!という想いからなので関わらせていただく者として当然のこと、私も全く同じです。
ですが摂食障害の場合(ご高齢の方や術後の方も)まずは三大栄養素をしっかり摂ること!を目標にするのが最優先になることもあります。
ヒアリングをしながら、この方に必要なのは?と自問自答しながら適切なアドバイスができるようサポートしていきましょう
管理栄養士の役割
摂食障害における栄養指導は、ただ「食べさせる」ことではありません。分子栄養学の視点を持つことで、代謝を整え、体の回復を促し、その結果として心の安定にもつながります。
そのために管理栄養士ができることは、
- 医師や心理士と連携しながら、栄養介入をチーム医療の中に位置づけること
- 本人にとって「安心して食べられる食材や調理法」から導入していくこと
- 小さな成功体験を一緒に積み重ねていくこと
こうした積み重ねが、食べることへの恐怖や抵抗感を和らげていきます。
まとめ
摂食障害の栄養指導に分子栄養学を取り入れることには、大きな意味があります。
- 個別の不足栄養素を見極め、適切に補えること
- 代謝の回復を通じて、身体と心の安定を取り戻すサポートができること
- 栄養状態の改善が、心理的な治療や薬物療法の効果を支えること
摂食障害の回復には時間がかかりますが、管理栄養士が分子栄養学を活かして伴走することで、その一歩一歩を確実に支えることができます。栄養が整っていくことが、患者さんやご家族にとって「希望」になるような支援をしていきたいですね。